蔵元日記

蔵元日記

2022/04/09

神奈川県にも酒米がほしい!!!と26年前に思いました

神奈川県産の正式な酒米がほしい!!!

もともと1996年頃神奈川県内では、県内で栽培できる酒米は「若水」しかありませんでしたが、おかげさまで泉橋酒造では2014年に山田錦、2018年楽風舞、そして、今年2022年に念願の「雄町」を正式に神奈川県産の酒米として登録することが出来ました。そんな話です。

 

神奈川県にも酒米がほしい!!!

そんな思いを最初に抱いたのは26年前にさかのぼります。

1996年(H8年)橋場家で所有している田んぼでイベントとして米作りを始めました。当初、当たり前ですが、何の米を育てて酒にするかが問題になりました。しかし神奈川県には登録されている酒米は、「若水~わかみず」しかありません。しかしながら、その若水は、わずかその3年前に県内酒蔵の統一銘柄「純米吟醸・神奈川物語」用のお米として鳴り物入りで登場したもの。神奈川県酒造組合が中心となって、県庁や農協さんと共同でやっていたもので、そのお米を泉橋酒造が栽培する訳にもいきません。

当時うちの田んぼでは、「アキニシキ」と言う飯米を作っていましたが、何か他にないものだろうかと。そして、家族で相談した結果「日本晴」を植えることにしました。泉橋酒造として初の田植えイベントです。育てるお米の品種名も重要でした。

しかしながら、地元神奈川県には酒米がない、という満たされない課題がそれ以後ずっと頭から離れませんでした。いつか、神奈川県の酒米をつくりたい、登録したいと考えるようになったきっかけです。

ちなみに、そのアキニシキは、家と蔵人が食べる分以外は、すべて農協へ供出(販売)していました。

(写真)2003年6月の田植えイベントの様子

 

良い酒を造るには、高い酒造好適米と高精白だ!

当時は、酒造好適米は山田錦、美山錦、五百万石と神奈川県産若水が少しずつあるだけで、あとは殆ど食用の飯米でした。1995年蔵に戻ったばかりの青年は、「良い酒を造るには、高い酒造好適米を沢山買って、よく磨けばいいのだ!」という極めて単純な動機で、いわゆる有名な酒造好適米の購入に走ります。

まずは、各酒蔵からの注文をまとめている神奈川県酒造組合の事務局へ行きました。

「もっと山田錦や雄町、五百万石がほしいです」と。その回答は「山田錦や雄町は実績がないからダメです」と。それどころか、県としても山田錦などはなかなかオーダーしても満足に買えていなかったようでした。

 

 

1995年は食糧管理法が廃止になり、お米の流通が自由化しました。

ラッキーなことに法律が変わっていました。

それ以前すべて原料米は、③全農、もしくは、②経済連(県単位の農協のこと)経由でないと購入出来ませんでしたが、農家さんや①単位農協(市町村レベルの農協のこと)からも直接購入が可能になりました。つまり、こちらから単位農協へ出かければ良いのだ!と。

 

1995年まで 農家⇒①単位農協⇒②経済連⇒(③全農⇒)酒造組合⇒酒蔵

1996年以降 OK  農家⇒酒蔵、OK  ①単位農協⇒酒蔵

 

 

1998年山田錦と雄町の種籾を入手!

そこから、知り合いの情報の助けを得て、酒蔵好適米を直接他県の単位農協へ買い付けに動きました。そこで私はお米だけではなく、なんと山田錦と雄町の種もみもいただくことができました。これはイベントを始めて2年目の出来事、つまり1997年秋のこと、ビックニュースです。1995年から突然買い付けに現れた酒蔵の青年に直接山田錦や雄町の玄米を売るだけでなく、種籾も分けてくれたのでした。今でもその時の緊張と喜び、感謝の気持ちは忘れていません。酒米の弱小県の酒蔵に対して、救いの手が伸びてきたような感じです。

そして、晴れて翌年1998年春には、結成したばかりの酒米研究会の農家さんの田んぼでは「山田錦」を、うちの田んぼでは「雄町」を植え、試験栽培が始まりました。

その後、1999年から正式に山田錦と雄町の栽培をスタートさせ、2000年に神奈川県海老名市産の山田錦の酒のお披露目となりました。

そして同時に、地元に酒造好適米がないのは恥ずかしい、いつの日か神奈川県の正式な酒造好適米をつくりたい、と心に決めたものでした。

yamadanishiki

さがみ酒米研究会はこんな組織です

農家さんをはじめ様々な関係者さん達のご協力もあり、少しずつ地元での酒米生産量は増えてきました。主に栽培したのは山田錦です。その山田錦は、相模酒米研究会の農家さん達に栽培していただきました。うちの田んぼでは、「雄町」を栽培しました。

ここで少しさがみ酒米研究会の話をします。この研究会が、泉橋酒造の農業の基盤であり、屋台骨を支えているもの、謂わば一丁目一番地です。構成員は、7件の契約農家さん、神奈川県農業技術センター、さがみ農協、海老名市農政課、そして泉橋酒造です。

研究会では、夏場は圃場巡回をして栽培方針を決め、冬場は土壌分析や反省会、そして、総会や勉強会など、とにかくよく集まっています。また酒米の栽培以外にもこれからの農業のあるべき姿などいつも懇親を深めながら話をしています。ちなみに、研究会と泉橋酒造の合計の栽培面積は46ヘクタール(46町歩)になります。一年間に使用する原料米の約70%をこの研究会が栽培しています。のこり20%は泉橋酒造の直接栽培、のこり10%弱は他県から購入しています。

 

(写真)2005年03月さがみ酒米研究会の土壌分析検討会の様子@酒友館2階

 

 

山田錦を神奈川県の産地品種銘柄にしよう

2013年泉橋酒造の悲願が叶う日が訪れます。ここでも普段顔を合わせている酒米研究会のメンバーが活躍します。農林水産省に銘柄設定の申請を行うのは、農協さんと神奈川県庁と農業技術センターと泉橋酒造です。まさにチーム一丸となって課題を解決し、頼もしいイメージでした。本当にお世話になったと思っています。

このときの農林水産省における銘柄設定の意見聴取会(審査会のようなもの)の議事録は、実は農林水産省のホームページを探せば出てきます。もし探しても見つからない方は私に言ってください。

そして2014年3月、官報に神奈川県の産地品種銘柄に醸造用玄米として「山田錦」が設定されたことが発表になりました。

写真)2018酒米研修会の様子。圃場巡回後の栽培の検討会。

2014年名実ともに「神奈川県産山田錦」の登場です

当初からの目標が達成できた充実感と、栽培醸造蔵®として面子のようなものが立ったような気がしました。「神奈川県でも山田錦が栽培されている」と言うことが法的に言えるようになりました。嬉しいことに当時この話を耳にした海老名市長は、うちの田植えイベントに参加し、海老名市広報誌の見開き2ページに大きく田植えの様子と市内で山田錦が栽培されていること、泉橋が市の特産品であることを声高らかにPRしてくれました。これは、公的な機関として、法的に山田錦が担保されている、ということは重要なことであるという良い事例となっています。

 

2018年「楽風舞」、そして、今年2022年「雄町」の銘柄設定

この後、泉橋酒造では2018年には早稲系品種「楽風舞」を、そして今年2022年は「雄町」神奈川県の産地品種銘柄に登録して頂くことができました。これも関係する全ての皆様のご協力のおかげだとこころより感謝しています。

 

なぜ、産地品種銘柄への登録にこだわるのか

それは、産地品種銘柄になると、検査機関による等級検査を受けるとそのお米に「産地」「品種」「産年」が明記することが出来る様になります。つまり公的な証明書が得られます。

これは、我々酒米の生産者としてとても大切なことになります。また、農林水産省のホームページにも神奈川県で山田錦が栽培されていることが正式に記載されます。

これらのことは、これは泉橋酒造のお酒を作る人、売ってくれる人、飲んでくれる人すべての人にとって、大切なことだとも思っています。裏付けや自信を持ってお酒を製造・販売、そして、楽しむことができます。

しかし現実には、別の法律・米トレサビリティー法もあり、お酒のラベルには積極的に原料米の産地を記載しましょうと規定があり、必ずしも産地品種銘柄になっていなければ、酒米の名前と産地を明記できない訳では無いのです。

そんなところもあり、銘柄設定の意見聴取会では「なぜ産地品種銘柄にしなければいけないのか」と実需者である泉橋酒造は必ず聞かれます。その時は「法的な裏付けを頂き、自信を持ってお酒を販売したいから」と答えています。どこへ出て行っても負い目はありません。

またお酒の輸出の際に相手国からお米の原産地証明を求められる場合もあります。この時は検査証明書がとても大切な役目をします。

ちなみに、自身で栽培したお米が産地品種銘柄でないとどんなことがあるのでしょうか。

地元で栽培している「神力」は、検査証明書の中では「その他醸造用玄米」と名無しになってしまいます。生産者として悲しいですよね。

いづみ橋 恵赤ラベル

 

雄町の登録は嬉しい!

1998年から雄町の栽培を始めて以来、ずっと悲願であった雄町の登録は、酒米生産者の酒蔵として本当に感謝すべきことだと思っています。なんで悲願だったのだろう。

余談ですが、私の祖父は1999年秋に他界しました。まさに山田錦と雄町の栽培を始めた年です。「今年は家の田んぼで山田錦と雄町の栽培を始める」と報告したときのことです。祖父(当時の会長)は「雄町は昔うちの田んぼでも作っていたよ。でもよく倒れたが、藁が長くて良いムシロが出来た。山田錦は新しい米だから俺は知らない」と。当時20代の私は、実は祖父を驚かせようと話をしたはずなのに、戦前うちの田で雄町を栽培していたことを聞き、逆に自分が驚かせられたことを思い出します。

2022年4月 蔵元・橋場友一

 


◆参考◆ 令和4年産農産物の産地品種銘柄設定等の状況(農林水産省より)

https://www.maff.go.jp/j/seisan/syoryu/kensa/sentaku/attach/pdf/index-6.pdf

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