さがみ酒米研究会

さがみ酒米研究会の歩み

さがみ酒米研究会の一年

4月 通常総会&栽培面積の契約会
5月 種もみの温湯消毒
6月 田植え
7月 圃場巡回検討会
8月 圃場巡回検討会
9月 圃場巡回検討会、出荷会議
10月〜11月 玄米検査・納品
12月 酒米出荷反省会
2月 土壌分析・土づくり検討会、研修会

地元の米農家による酒米研究会です。

「さがみ酒米研究会」は、JAさがみ、地元市町村、神奈川県農業技術センターの協力を得て、酒米農家と泉橋酒造が組織する酒米栽培の研究・勉強会です。主な栽培地域は、相模川左岸流域の「海老名市」「座間市」「相模原市」で、栽培面積は約42ヘクタール(42町歩)。主に栽培している品種は、酒造好適米の「山田錦」です。この神奈川県産となる山田錦の生産量は日本全国で山田錦栽培を栽培している33府県のうち、20番目(平成27年度)、県内では地元・海老名市でその多くを栽培しています。山田錦以外に、亀の尾、雄町、神力、楽風舞で、飯米用としてもコシヒカリを栽培しています。会員農家数は7名。 ※その昔 神奈川の県央地域は相模の国と呼ばれていました。

(写真の右側)故・永谷正治先生。
元大阪国税局鑑定官室長で退官し、その後業界内では酒米栽培に関する権威として活躍されました。我が研究会は八年間にわたり山田錦の栽培指導をして頂きました。

さがみ酒米研究会 座談会 平成22年7月

全員が神奈川県認定のエコファーマーを取得。 その授与式を前に全員にお集まり頂き、平成九年より研究会の仲間として共に歩んできた道のりを語って頂きました。

会長 武井 進さん
海老名市本郷

神森 義一さん
海老名市大谷

事務局 伊波 三貴さん
海老名市下今泉

橋場
研究会発足の平成九年からすでに十三年。一番最初は、飯米しか作っていない農家の方々に酒米作りをどうお願いしようかと、まずは消防団の先輩である伊波さんに相談をしました。それで今の農家さん達を紹介して頂いたという経緯がありました

伊波
飯米と酒米とでは、まったく栽培の勝手が違うからね。

橋場
最初の試験栽培では一反(300坪)の田んぼで四俵(240kg)の酒米しかできなかったですね。

伊波
これじゃ、農業としては成り立たない。それを解決できないと農家の人は集まらないということで、どうしたら農家の人は参加してくれるかなということを二人で相談してね。一反につき米の収量が四俵では収入少ないし、六俵以上の収穫を求めると、今度は米の質が落ちてしまうし。

橋場
酒米としての質を考えると、単に収益をあげるような米作りではいけない。でも、農家側としてみたら、米の収量を上げようと仮に肥料を多く使ったら倒伏する可能性が高くなってしまう。その兼ね合いが最初はわからなかったですね。

伊波
蔵元は、他の栽培地を視察していたけど、酒米作りを頼まれた農家側としては、手探りでスタート、という感じだったね。
蔵元から、酒米は背が高くなるから倒れやすいよとか、肥料は与えすぎないほうが倒伏に強くなるとか、それくらいのこは聞いていた、でも、なにしろ未体験のことで。

武井
とにかく、酒米なんて、誰も作ったことがなかった。最初の栽培試験は、山田錦と雄町を両方作ってみて、どちらが作りやすいかということで山田錦になった。

橋場
池上さんは、みんなより少し遅れて平成十一年から参加。山田錦だけじゃなくて、神力も作ってもらっています。

池上
うちは海老名ではなくて座間の田んぼなので、土の性質がちょっと違っていて、海老名よりも水はけが悪い。一年目は全部倒伏したという感じでしたね。山田錦には向かないのかな、なんて思って・・。

武井
今はよく出来てますね。

橋場
冷夏の年(平成十五年)があったり、台風が来たり、いろんなことがありましたね。酒米は草丈が高い分収穫間際になるとよけいに倒れやすくなる。武井さんは、台風の時は心配して、海老名じゅうの田んぼを車でぐるぐる廻ってましたね。

武井
いや、あれは、みんなの田を心配をしたというよりは、自分のところだけ倒れたんじゃないだろうなっていう心配(笑)。でも、最近は倒れることもなくなったよな

伊波
台風の時も冷夏のときも収量は減る。そういう時は、お米自体の品質も悪くなる。
でも、良い時も悪い特もある程度農家も蔵元も経営を安定的に続けていけるようにしないといけないので、よく蔵元とは話をしています。

武井
農家側も蔵元もお互いに泣くときもあったよな

伊波
一反につき六俵がとれれば、品質を求める蔵としても、農家の収益ということでもベスト。経験値が積み重なってお互いにベストの状態になるまでに七~八年かかった

武井
最初の頃は、指導に来て頂いた永谷正治先生と喧嘩したりな(笑)。収量が上げられなくて、百姓やってられっかって喰ってかかったこともあった(笑)。永谷先生からは山田錦の栽培方法や米作りに関してよく教わったよ。感謝している。

伊波
先生がお亡くなりになる一年前、最後に先生が来てくれた時は、俺らのやり方を見て「こういうやり方もあるんだな」という感じだった。農家と蔵の関係ができあがっていないと、酒米作りというのは潰れてしまうというのをわかってくれたみたいで。あと、永谷先生の話で、俺らも賛同できたのは、せっかくいい米を作ったのに、なんで、50% も60%も削った米で酒を造るのかって話。低精白でいいじゃないかって。

橋場
平成十三年に造った80%の低精白の酒を飲んで、これでいいんだよと言ってくれていましたね

さがみ酒米研究会の他の会員

・鈴木 努さん (海老名市杉久保) ・塩脇 和男さん(海老名市下今泉)

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